輝いて やがて消えゆく 村の女性【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第229回2023年3月2日
80年代末、宮城県北の米どころH町(現・T市)に行ったときのことである。ある青年がこんなことを言った。自分は今28歳だが、自分の後にまともに農業を継いだ者は誰もいない、つまり新規就農者はこの10年間町内に一人もいないと。このままいけば俺は、4Hクラブで一番下で、農協青年部でも一番下で、一生町内で一番下で終わることになるのだろうかとぼやく。こういう若い担い手不足の話がどこへ行っても話題となるものだから、このままいったら農業者数は激減することになるのではないかと心配になり、私の教え子で当時宮城農業短大に勤務していた近藤巧君(現・北大教授)に頼んでコーホート分析(将来の人口を計算予測する方法)による農業就業人口の予測をやってもらった。
それによると、まず基幹となる男子の数はそれほど減らない。1980年の1200人が2010年に900人、わずか3割減るだけである。これなら騒ぐほどのことはない。しかし問題はその年齢構成だ。70歳以上が9割を占め、50歳以下はわずか2%の18人、30歳未満は一人もいなくなるのである。やはりあの青年のいう通りで、彼は50歳になっても一番年下の農業者のままで残ることになる。
それでは女性はどうか。80年には男性の1.5倍の1900人もおり、90年でも男性より200人多い1300人なので、農業を担っているのはまさしく女性である。だから、これからもこの女性が中心となって農業を担っていけばいいのかもしれない。
ところが、2000年になると女性の農業就業人口は男性より少なくなる。そして2010年には何と500人、80年の4分の1に減り、男性の半分になってしまう。女性の減少は男性などというものではなく、まさに激減するのである。
そして農業労働力の男女比率は完全に逆転する。しかも女性のほとんどが男性と同じく70歳以上で50歳未満は28人しかいなくなる。これではH町の耕地3600haを維持することはできない。
驚いて他の県や町村のコーホート分析もしてもらった。若干の差異はあれ、ほとんど同じ結果だった。90年ころから男女の比率は逆転し始め、女性が激減するのである。今まで男性の後継者不足が問題とされてきたが、農村における女性の農業後継者不足はさらに深刻な問題だったのである。
考えてみればそうだったのだ。1970年以前のいわゆる嫁不足が問題になるまでは村に嫁が来たので女性農業者の不足はあまり問題にならなかった。そして嫁に来た女性は男が日雇いや恒常的兼業に出る留守を守って農業を維持してきた。あるいは自ら誘致企業や土建業などに稼ぎに行って家を支えてきた。ところが80年代に入ると若い女性の数は激減する。そもそも農村に女性の就業機会が少なく、しかも誘致企業が撤退して中国等の途上国に移転して村からなくなるなかで、若い女性はみんな外に出てしまうようになったからである。
もちろん嫁がくれば増える。しかし男の後継者も流出しており、嫁をもらう若い男の数が急激に減っている。その上、農村部の男性に嫁はなかなか来ない。これでは女性の数が減るのは当たり前である。
たとえ嫁にきたとしてもその女性が農業をやるとは限らない。たとえば兼業青年の嫁の場合、勤めている夫が毎晩遅くしかも飲んで帰ってくるのに、なぜ女性の自分だけが家にじっと閉じこもって舅姑といっしょに、あるいは一人で重労働の農業をやっていなければならないのかと疑問をもつ。もちろん、夫が土・日に手伝うかもしれない。しかし男性は大型農業機械に乗って楽な作業をしているのに、女性は重いものを持つ補助作業をやらされる、こんなことは馬鹿らしくてやっていられない。
農業専業の青年の嫁さんも同じだ。前にも述べたように、若い女性はなぜ農家に嫁に来たら農業をやらなければならないのかと疑問をもっており、農業就業を前提としたら嫁にこない。だから嫁は当然のこととして農業をやらない(やろうとする嫁さんももちろんいるが)。こうした面からも女性の農業従事者は減る。つまり農業を継続しなければ、家を継いでいかなければという意識は女性にはきわめて少なくなっていたのである(次回に続く)。
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