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畜産:シリーズ

【シリーズ・酪農「有事」を追う(中)】需給調整効かぬ欠陥「畜安法」 牛乳価格両極化と「アウト」拡大2024年7月3日

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シリーズ「酪農『有事』を追う」連載2回目は様々な問題点を引き起こしている「改正畜安法」と酪農制度問題、流通の混乱を追う。この〈欠陥法〉の根源は農協法改悪に行き着く。大半の生産者、乳業メーカー、消費者の誰のメリットにも結び付かず、酪農「有事」の事態が深刻化している。(農政ジャーナリスト・伊本克宜)

■国会終了直後のバター大量輸入

「国会を閉会してからこっそり追加輸入を決めるなど姑息極まりないです。これだけやられても次も自民党を支持しますか」。

6月末、X(旧ツイッター)投稿で立憲民主党の農林議員・石川香織氏(衆院北海道11区)は、筆者の署名入り記事「4年ぶりバター追加輸入 生乳需給緩和の中、異例の6月末判断」を添付しながら、憤った。

記事のポイントは、乳製品在庫削減の最中でのバター4000トン(生乳換算約5万トン)追加輸入という数字の大きさの有無と今後の生乳需給に及ぼす懸念。さらには通常、5月末のJミルク生乳需給見通しと同時に公表するのに、「今後の需給の精査がなお必要」として1カ月遅らせ国会閉会後に明らかにした点だ。筆者は5月中旬、生乳需給の周辺取材から「あえて国会閉会後にバター追加輸入公表」の農水省の動きをつかんだ。

当時は「政治とカネ」をめぐり与野党攻防は激しさを増し、農政関連も改正食料・農業・農村基本法、食料安保関連法の議論が白熱し、国会審議は重要局面を迎えていた。今後の天候、経済動向、地政学リスクなど複合要因で揺れ動く牛乳・乳製品の需給を見通すことは極めて難しい。追加輸入公表時の農水省牛乳乳製品課の須永新平課長の「苦渋の決断」の言葉は生産現場の心情も踏まえたもので、まやかしはないだろう。

ただ、酪農問題の深掘りも含め、やはり衆参農水委員会などの議論も経るべきだった。現在の需給問題はそもそも、2015年前後の「官邸農政」主導の農協法改正の同一線上に位置する改正畜安法による政策危機の側面も強いからだ。一方で相変わらずメディアの反応も一知半解と言わざるを得ない。例えば農業専門紙7月3日付社説「拙速なバター輸入枠追加」はあまりに改正畜安法の理解が表面的だ。生産者間の不公平感は課題の一つに過ぎない。しかも大きな焦点の国会閉会後の断行に触れていない。いや事の重要さが分かっていないのだろう。問題は用途別の需給問題で、4000トン規模の冷静な分析で、拙速に「足りなければ輸入する」などではない。需給調整機能が効かなくなっている欠陥制度を突かなければ何の意味もない。

■牛乳価格「両極化」の裏側

ここで足元の日常生活を見よう。週末、量販店食品売り場の牛乳コーナーに寄れば、様子が一変しているのを実感するに違いない。先日、最大手・明治の松田克也社長から「今が我慢のしどころ。大手スーパーからは値下げ圧力が大きくなっている」と聞いた。

明治主力商品「おいしい牛乳」を筆頭に雪印メグミルク、森永、赤パックの「農協牛乳」など主要メーカーの製品がメインの棚から外され、代わりに中小乳業メーカーの牛乳や、低脂肪牛乳、加工乳、乳飲料などが目立つはずだ。

度重なる飲用乳価引き上げに連動し大手メーカーの牛乳末端小売価格は1リットル当たり250円以上、場合によっては300円近くに上がっている。一方でメインの棚には価格を抑えられる同200円以下の低脂肪、乳飲料などが並ぶ。一方で、特売の形で同190円前後の特定中小乳業の製品もある。

いったいどうなっているのか。例えば酪農家の飲用乳価がキロ3円上がると、乳業、小売りなどに配分され牛乳末端小売価格は1リットル10円程度上がる。この間の度重なる飲用乳価上げは、小売価格を同50円前後上げるはずだ。牛乳は原価率が5割前後と高い。原乳価格の値上げが製品価格と連動する。問題は消費者がそれを受け入れるか。消費が減れば、今後の乳業メーカーの買い入れ削減となって、結局は生産段階の生産縮小を招きかねない。要は需要あっての生産なのだ。

Jミルク調査によっても値上げに伴い、牛乳購買の前年割れが続く。さらに消費は低価格牛乳の方に流れる傾向もある。大手の原乳は指定団体経由のいわば正規ルート。安定的な量、一定の品質、価格が担保されているためだ。ただ、非系統の生乳卸から大手メーカーに対し売り込みの要請が来ているのも確かだ。

半面、190円前後の安い牛乳は、かつて「アウトサイダー」と呼ばれ改正畜安法で「二股出荷」が認められたこともあり、拡大する系統外の原乳を使用したものが増えているのが実態だ。結果、95%超あった指定団体共販率は下がり続け、9割ラインに近づいている。

■学乳値上げの余波

学校給食向け乳価値上げも様々な余波が出ている。全国各地で学乳価格は過去最高に達したと見られている。乳業は学乳値上げを学乳供給価格の入札で転嫁し、子どもたちのカルシウム不足を補う給食でのパック牛乳提供に異変が起きているのだ。

給食代の中で牛乳代は20%超と見られる。厳しい自治体予算の中、給食費の抑制で学乳の選択制を導入する事例が増えている。さらに給食無償化の動きの中で予算の制約から学乳そのものを廃止する動きも出ているという。

■系統外増加、50万トン突破も

年間18万トンを扱うMMJを筆頭に、自主流通とされる非系統業者の生乳取扱数量は既に50万トンの大台を突破したとの見方が強い。この数量は東北や九州の酪農主産地の指定団体集乳量に近い。非系統の生乳道外送りは2023年度に25万トン超に達したと見られている。

系統外の「受け皿」も徐々に拡大し岐阜県の東海牛乳は3月末に牛乳製造ラインを大幅拡充し、4月から本格稼働した。同社は系統外の最大の受け入れ乳業で、生産は倍増を見込む。MMJは加工施設を建設し飲用牛乳需要の季節別変動に備える。

北海道ホクレン傘下の酪農家は、脱脂粉乳在庫削減のため2年間の減産を余儀なくされた。こうした中で、4月以降、MMJなど非系統業者に出荷する大型経営酪農家も増えた。北海道中標津町の増産分を買い入れてくれるためだ。改正畜安法が認めているホクレンと系統外の「二股出荷」も増えている。7~9月夏場の首都圏をはじめ生乳需給ひっ迫時にホクレンから道外送りする生乳は減少し、系統外シェアが拡大している。北海道中標津町の大型酪農経営「ループライズ」も生乳卸に参入し、独自の道外送りを始めている。

■「指定団体弱体化はバター不足招く」

改正畜安法は多くの懸念、課題、反対の中で制定された。きっかけは10年前、2014年のバター不足。安倍政権の絶頂期で「官邸農政」による急進的な農政改革、農協改革が断行されつつあった。ちょうど環太平洋連携協定(TPP)合意が重大局面を迎え、反対勢力としてJAグループ、その先導役を担うJA全中の力をそぐ画策も目立っていた。

こうした中でのバター不足。官邸農政の意を体した規制改革会議の標的に生乳全量委託を前提に農協共販の組織である指定生乳生産者団体制度が入った。共販率95%以上、自主的な生乳計画生産を実現している指定団体の仕組みが、「農協独占」の象徴と映ったのだ。

同時期、中酪は欧州酪農制度に詳しい矢坂雅充東大准教授を講師に指定団体の役割と意義でメディア説明会を開いた。この中で農水省担当の日経経済部記者が「今日のバター不足は飲用牛乳仕向けを最優先する現行指定団体制度に大きな問題があるのではないか」と質問した。筆者は「用途別販売を徹底する指定団体の弱体化は、かえってバター不足を助長しかねない。指定団体制廃止は生乳需給コントロールに大きな混乱を起こす」と問うた。矢坂氏は「指摘の通り、指定団体弱体化は用途別生産に支障をきたす」と応じた。

それから10年。流通自由化に伴う生乳出荷の複線化を担保した改正畜安法は指定団体の共販率を年々下げ、そして今回の大量のバター追加輸入の事態だ。指定団体弱体化とバター確保は全く関係ないことを改めて裏付けた。

(次回「酪農『有事』を追う」下は7月10日予定。酪農危機の打開策を考える)

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