JAの活動:第43回農協人文化賞
【第43回農協人文化賞】女性枠 山梨・梨北農協元常務 仲澤秀美氏 新たなるJAの追求2023年2月14日
山梨・梨北農業協同組合元常務 仲澤秀美氏
山梨県のJA梨北は、平成5(1993)年、1市6町3村にわたる9JAの広域合併により誕生した。私が昭和60(85)年に入組した韮崎市農業協同組合は、この9JAの一つである。結婚を機に転職し信用窓口に座った時、「農協のオバサンとして年を重ねるのだろう」と覚悟した。将来、JAでは異例の職員常務に就任するとは、予想だにしなかった。
私の転機は平成12(2000)年総合企画室異動に端を発し、このシンクタンク部署での企画立案が平成18(06)年参事就任につながる。平成21(09)年48歳で常務に就任した時、全国でも女性の執行役員は珍しかった。常務を4期12年務め、令和3(21)年に退任した。ここ数年、女性理事は全国的に増員しているが、数値的な登用ではなく経営への参画が重要かつ困難であり、JAが未だに保守的組織であることも否めない。
JAは生産者や販売者が経営を担ってきたため、消費者目線を生かす機会に恵まれず、流通が言う「消費者ニーズ」に誘導され果実や野菜は芸術品に仕立てられた。その現場で"農に疎かった"私が臆することなく消費者目線の事業を展開できた要因は、周りの理解である。なぜなら、私は"男性になること"を求められなかった(なるつもりもなかったが)。女も妻も母も捨てず、有り体のまま仕事ができた。女性の地位向上には何かを犠牲にすることが当然とされ、男勝りになって男性と競(せ)ることが必然とされる時代背景のなかで、女性としての仕事の在り方を実現でき、周りも認めてくれた。女性が男性の仕事の仕方を踏襲する必要はなく、女性の観点から結果を導き出せばいいのであり、結果が正しく評価されることが重要なのである。
さて、当JAが"JAの異端児"と評された要因は"JAらしからぬ"事業展開にあったようだが、時代の変遷と共に推奨方策という評価に転じている。保守的ではないが、決して組織の歴史を否定するものではなく、系統組織の自覚に基づく新たな事業展開であった。非農家で育った私は根っからの消費者であるため、消費者ニーズを探る必要がない。「ニーズにこそ改善のヒントがあり、改善の繰り返しが改革を成し遂げる」という自説を持ち、「農」に長けた人々から無理だと否定されながらも、怖いもの知らずに夢を語ってきた。
当JAの主要農産物は米である。出荷量6000t弱の小さな産地だが、食味は群を抜いている。「山梨県産の米ではなく、JA梨北の米として売る」ため、平成16(2004)年に『梨北米』を商標登録し、平成16年産米から全量をJAが自己販売している。全農出荷が当然であった当初は"JAグループの反逆児"と揶揄(やゆ)されたが、今では推奨され高評価を得る販売戦略である。高価格帯の米として定着させつつ売れ残りリスクを回避するため、私は米のブランド展開を提案した。「全国展開する量が無いから宣伝はできない」と生産者あるいは販売者の目線から反対されたが、「量が無いことを戦略にする」プレミア感という消費者目線を主張することにより、ブランド展開は幕を開けた。
JA梨北農産物直売所で使用する『梨北米』の袋
米にはタブーとされていた漆黒の袋に、黄金色に輝く稲穂をイメージした金文字で、武田信玄の気勢を彷彿させる行書体により『梨北米』と描いた。この『梨北米』をあらゆる場面に登場させ、パブリシティの力を借りて「山梨県においしい米がある」ことをアピールした。数年のうちに、これまで「山梨県産の米」として柱の陰で売られていた米が『梨北米』となって店頭に並び、「山梨のブランド米」という高評価を受け、県内のセブンイレブンでは『梨北米』使用シールを貼付した米関連商品が陳列された。広報は経営戦略である。売る者がビジョンを語り、思いを綴った宣伝でなければ伝わらない。ストーリーの無い薄っぺらな宣伝は、その場限りに過ぎない。「モノを売るのではなくコトを売る」「売れるモノを模索するのではなく売れるストーリーを作る」、オンリーワン戦略が功を奏したのである。
ブランド展開は広がる。果樹王国山梨の名にふさわしく果実は豊富であり、野菜の種類も多く、肉牛・乳牛が生産されるなど、当JAの農産物は多岐にわたる。これらに共通し、一流品だけではなくすべてを対象とした段階的なブランド構築により、「廃棄ゼロ」をビジョンとして農業者所得の底上げを図った。選りすぐりの称号『メイドイン梨北エクセレント』、規格クリアの証『メイドイン梨北』、農産物直売所のシンボル『マルシェ梨北』、その他を網羅する「梨北さんち(産地・〇〇さんのお宅)」は、"JAらしからぬ"奇抜なロゴを用いてすべての農産物に付与した。そして、JA梨北ではなく『メイドイン梨北』の宣伝に傾注した。平成30(2018)年、シェラトン都ホテル東京で開催したメイドイン梨北ディナーは、一流のホテルで一流の料理人によってJA梨北の農産物が煌(きら)びやかな姿になり、多くの人に褒め称えられる様子を生産者に伝え、"作る誇り"を奮い立たせるブランド展開の集大成となった。
JA梨北の農産物によるメイドイン梨北ディナーのメニュー
(シェラトン都ホテル東京(東京都港区白金台) にて開催)
こうして「新たなるJA」を追い求めてきた経験を糧に講演活動を続けているが、十数年前、講演という場に私を招いてくださったのは、故今村奈良臣先生であった。今回の受賞も今村先生のお導きであると感謝の意に堪えない。
【略歴】
なかざわ・ひでみ 昭和35年9月生まれ。法政大学文学部日本文学科卒業。昭和60(1985)年7月韮崎市農業協同組合入組、平成5(93)年7月梨北農業協同組合清哲支所信用共済課調査役、平成13(2001)年4月総合企画室総合企画課課長、平成14(02)年4月総合企画課及び組織広報課課長、平成15(03)年7月総合企画室室長、平成18(06)年7月参事、平成21(09)年4月常務(参事兼任)、平成31(19)年4月常務(参事待遇、企画総務本部長兼任)、令和3(21)年1月常務(職員定年退職)、令和3年4月役員(常務)退任。
【推薦の言葉】
女性活躍の場広げる
仲澤氏は全国でも数少ない女性の常務理事として、JAでの女性の活躍の場を切り開いてきた。平成21 年からJA梨北の常務理事に就任し中期経営計画の策定をリード。組合員が運営に参画したいと思う〝ストーリー性〟を重視した事業の組み立てに注力した。
特に販売面では、地域農産物の廃棄ゼロを目指して、視覚と聴覚に訴える農産物のブランド化を実現。仲澤氏のアイデアから生まれた「MADE IN RIHOKU(メイドイン梨北)」を中心とした農産物ブランドは、「梨北米」を筆頭に地域を越えて定着している。
一方、高齢化した組合員を「高齢技術者」と呼び、高齢者に恩返しするという理念のもと、全国で唯一のJAが持つ病院・恵信梨北リハビリテーション病院(療養型病院)を設立した。仲澤氏はJA全中などが開催する各種の研修会の講師を務めてきた。定年後もこれを続け、JAグループの人材育成を支えている。
【谷口信和選考委員長の講評】
仲澤氏は今回の受賞者で残念ながら唯一の女性です。女性受賞者が沢山出てきたとき、本文化賞は「一皮むけた」表彰事業になります。JAの異端児として梨北が勇名を馳せた陰にいたのが中澤さんであり、男勝りになるのではなく、女性・消費者のままでの常務として梨北米から始まる一連のブランド化戦略をリードした意義は限りなく大きいです。今村先生の下で助教授を務めていた私にとって、中澤さんが今回の受賞を今村先生のお導きだと言って下さるのが何より嬉しいです。
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