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2015.08.07 
【TPP交渉と国内農業】重要品目も大幅譲歩か? 国会決議はどこに 輸入増加で大打撃一覧へ

インタビュー:東京大学鈴木宣弘教授

 7月28日から米国ハワイで開催されていたTPP(環太平洋連携協定)閣僚会合は大筋合意に到らなかったが、日米両政府を軸に参加国は8月中にも再度閣僚会合を開いて合意をめざすために調整を進めている。8月4日に開かれた自民党のTPP対策委員会などの合同会議で政府は「最終的に残るのは知的財産分野に絞られた」と説明した。ということは農産物の市場アクセス分野はすでに決着したということなのか。ハワイ閣僚会合期間中も日本が米の特別輸入枠の設定に合意するなどの報道が相次ぎ、JA全中の萬歳会長は談話で「重要品目に関して報道通りに交渉されていたとすれば到底納得できるものではない」と強く批判した。

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(写真)ハワイに集まったTPPに反対する各国の市民グループ。「秘密交渉はやめろ」のプラカードも。

 米などの重要5品目について輸入増加となるような譲歩は、TPP交渉から「除外または再協議の対象とすること」としたの国会決議に明らかに反するのではないか。このような大幅な譲歩をして交渉を妥結するのであれば、企業利益のためにまさに農業を犠牲にすることになる。東京大学の鈴木宣弘教授は、今回大筋合意に至らなかったことについて「むしろ、なぜTPPはここまで揉めるのかを頭を冷やして考えるべき。そもそもTPPには無理があると考えなおす機会にしなければなりません」と厳しく批判している。

◆NZの乳製品が問題なのではない

東京大学鈴木宣弘教授 今回の閣僚会合で大筋合意に到らなかったのはニュージーランド(以下、NZ)が乳製品で「過大な要求」(甘利明TPP担当大臣)をしたことが最大の原因だったとされている。
 では、酪農・乳製品をめぐるTPP参加国の関係はどうなっているのか。図は鈴木教授が整理したもの。NZは世界最大の乳製品の輸出国で生産量の8割を輸出に回している。生産条件に恵まれ、豪州とともに1キロあたりほぼ20円の生産コストだ。米国は同40円
、そしてカナダと日本は同70~80円とNZや米国よりも高コストになっている。
 このようにNZと豪州は非常に競争力があってカナダと日本、そして米国さえも関税を撤廃すれば国内酪農はつぶれてしまう。日本の関税は高いというがカナダは300%、米国でも100%の関税をかけているのだ。
 鈴木教授は「カナダでは牛乳の小売価格が1リットル300円もします。それでもカナダでは国内酪農を守りたいと消費者が支え生産者もがんばっている。
 米国は酪農は電気やガスと同じように公益事業だとまで言っています。必要なときに必要な量がなければ子どもが育たないのだから、海外に依存することはできないという考えなのです」と指摘する。
 したがって米国も関税撤廃はできないのだが、TPP交渉ではNZと豪州から輸入量を増やせと要求され続けてきた。
 「そこで米国は低関税または無税の輸入枠を設定して一定の要求を受け入れることにしたが、同時にカナダと日本にも米国からの輸入枠を設定させて帳尻をあわせようとしたようです。ところが今回の会合ではNZからの輸入枠の拡大があまりにも大きかったた
め、この帳尻合わせの思惑もはずれ行き詰まってしまった、ということです」。

(写真)東京大学・鈴木宣弘教授

(図)乳製品の輸入枠をめぐる「玉突き」構造

乳製品の輸入枠をめぐる「玉突き」構造


◆国民の健康を犠牲 大企業の利益追求

 実は、NZが乳製品の大幅な輸入拡大を求めた背景には医薬品のデータ保護期間の問題がある。
 NZは後発医薬品(ジェネリック)の使用が多く新薬のデータ保護期間を短くすべきと主張している。豪州や自国に製薬企業のない他の新興国も同じ立場だ。この問題は、国によっては国民医療予算の増大に直結する。しかし、巨大製薬メーカーを抱える米国は
12年間を主張して譲らなかったといわれる。
 「TPPは徹底的な規制緩和だといいながら、この問題で米国は逆に規制を強化しようとしている。人の健康や命よりも一部のグローバル企業の利益を増やせるよう都合のいいルールを押しつける。医薬品のデータ保護期間をめぐる対立は、まさにこれがTPP
の本質だということを物語っています」。
 米国の姿勢に反発した国は、むしろ評価できる国ではないか。日本も医療費を抑制するためにジェネリック薬品を増やす必要があるといっているが米国の意向に追随している...。
 「とくに所得の低い人の生活を壊して健康を蝕んでも、米国は大企業の利益を追求することにしゃにむになっているということをもう一度しっかり理解しなければなりません」。
 こうした図式のなかでNZは各国に乳製品の輸入枠の大幅拡大を要求した。これはTPPの原則に則した要求だといえる。TPPは4か国から始まったP4協定から関税撤廃が原則だった。NZはP4の構成国だ。
 「原則関税撤廃とはそもそも無茶なルールでありますが、NZとすれば乳製品の関税撤廃がほとんど実現されないのなら輸入枠拡大の要求は当然、ということになる。それなくして一方的に国民生活を苦しめる医薬品のデータ保護期間に合意はできません」。
 鈴木教授が指摘するように乳製品という食料も医薬品も命と健康に関わるものだ。NZが要求するように乳製品の関税を撤廃すれば米国ですら国内酪農は壊滅しかねない。一方で、医薬品問題ではNZの主張の通り自国民の健康に関わる。交渉は最終局面にある
などというが、ここに来てまさにTPP交渉の本質的な問題が象徴的に表れたといえるのではないか。
 また、決裂のいちばんの原因は自動車の原産地規則だとの指摘もある。TPP域内での原料(部品)調達率について、日本は40%以下、米国は55%を主張しその中間で決着がついたが、メキシコが62.5%以上を主張して決裂したという。
 「なぜTPPはここまで揉めるのか冷静になって考えるべき。あと1回の交渉で決めてみせる、などといった感情的な姿勢は非常に情けない限りです」。


◆果汁、生果なども 妥結で関税ゼロに

 しかも大問題なのは今回の交渉中、日本は農産物で大幅に譲歩し妥結するような報道が相次いだことだ。
 米では米国向けに特別輸入枠を設置するほか、国産麦では輸入差益(マークアップ)を半減し実質関税削減を行うなどだ。牛肉や豚肉の関税引き下げもすでに多く報道されている。
 鈴木教授は「報道されている内容の多くは、かなり前に合意され、日米間での交渉は基本的に終わっているのではと見ています」と話す。
 それらをまとめたのが掲載した表である。米については主食用で年7.5万トン、砕精米で同2万トンの米国優先枠を設けるとされ政府備蓄米として買い入れて隔離し、市場に影響を与えない方策が検討されているのだという。豪州とベトナムにも若干ではあっても
枠を設けるとの報道もある。そうなれば日豪EPAでは除外した「米」がTPPでは豪州産輸入枠をつくることになる。かりに備蓄米として扱ってもいずれは市場に出回るから価格引下げ圧力になる。
 小麦のマークアップ削減はWTO協定で徴収が可能な1キロ45円が対象ではなく、現在の実効マークアップ同17円を半減する約束だという。マークアップが削減されれば輸入麦の価格が下がるため国産麦の価格引き下げ圧力になる。しかもマークアップ半減で400
億円ほど減収に。国内麦の生産振興にあてていた財源も減ることになる。
 国会決議を反古にする重要品目の大幅譲歩も大問題だが、果樹・果汁や野菜、液卵などはTPPが妥結すれば関税はゼロになる。果汁の関税は30~34%、生果は17%でこれが取り払われると1700億円ほど生産額を失うことになるという。妥結をすれば関税撤廃原
則が多くの品目に打撃を与える。にも関わらず日本は必死で交渉をまとめようと前のめりになっている。

【TPP交渉での農産物の交渉状況】

TPP交渉での農産物の交渉状況


◆TPPには無理が 交渉の打ち切りを

 「日本が国会決議を反古にするような譲歩をしても、TPP交渉は"まともな国"の反対で全体合意ができない。なぜならTPPにはそもそも無理があるから。だから、今求められているのはすでに譲歩したことも反省し交渉を打ち切る、という頭の冷やし方です
。何よりも生産現場でがんばっている人たちを裏切ってはなりません」と鈴木教授は強調している。

◇     ◇     ◇

 8月1日土曜日の夕方から農水省で記者会見が行われる、と前日に農水省内で聞かされた。ハワイでの甘利大臣の会見と政府説明会の後、準備に数時間を置いての予定設定だという。「資料は100頁ほどになる」「まずは重要5品目についての説明になりそう」など
と言われたほか、3日月曜夕方には総理会見に続き農相会見もセット、との声も。これまでここまで先の見通しを言われたことはなくやはり合意か、と感じた。
 まさに正念場だ。

◇     ◇     ◇

 林芳正農相は8月7日の会見で今月中にも予定されている閣僚会合の見通しについて次のように語った。
 「次回の閣僚会合については具体的な日程は調整中だ。各国とも早期妥結に向けて努力をしている。引き続き解決すべき課題が残されていて、次回閣僚会合を開催するためには、各国との間で精力的に協議を進めていく必要があると考えている。 交渉妥結のタ
イミングは交渉の中身で決まる。これに尽きると思っている」。

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