【RCEPの農業への影響と地政学】(上)RCEPの日本農業への影響 イデオロギーとは隔絶 田代洋一・横浜国大学名誉教授2022年2月3日
世界の人口とGDPの3割を占める巨大な自由貿易協定のRCEP(地域的な包括的経済連携協定)。今後の日本経済を左右すると言っても過言ではない。この協定の課題や日本の進むべき道を横浜国立大学名誉教授の田代洋一氏にまとめてもらった。
RCEPの日本農業への影響
田代洋一・横浜国大学名誉教授
世界最大FTAの成立
RCEP(地域的な包括的経済連携)が2022年1月1日に発効した。参加国は、ASEAN(東南アジア諸国連合)10カ国、日中韓、豪・ニュージーランドの計15カ国。世界のGDP、貿易、人口の各3割を占める世界最大のFTA(自由貿易協定)の成立である。日本にとって貿易の46%を占める。日本は他の参加国とは既にFTAを結んでいるが、中韓とは政治的対立で結べなかった。それが成立したことは、日本にとって極めて画期的である。
RCEPの大きな経済効果
問題は経済効果である。表1で、RCEPは、TPP12が成立してもそれをしのぐ最大のGDP押し上げ効果をもつ。

まず輸入によるマイナス効果がTPP12よりはるかに大きく、RCEP内における日本の加工貿易立国としての立ち位置が際立つ。プラス効果では、消費、輸出、投資のいずれもTPP12より大きい。
この試算には二つの問題がある。第一に、試算は<関税削減・貿易円滑化→生産性向上→賃金上昇→実質所得増加→消費・貯蓄・投資増加→GDP増大>モデルにたつ。しかし日本はこの30年間、賃金が上昇しておらず、ここでつまづく。
第二に、農林水産物については、関税が引き下げられても生産基盤強化政策により国内生産が減らないという農水省の建前をそのままモデルに挿入している。そのため輸入のマイナス効果が過少になる可能性が高い。
工業製品中心の貿易促進
RCEPの関税撤廃率は91%になる(TPPの関税撤廃率は99%)。日本については表2にまとめた。日本の関税撤廃率は、工業が90%超と高いのに対して、農業は50~60%台と低い(TPP、日欧FTAでは各82%)。
相手国の対日関税撤廃率は全体では92%になる。政府は、工業製品、とくに自動車部品の関税撤廃を強調する。具体的には中国の関税撤廃は、電気自動車・ガソリン車エンジン・カムシャフト・エンジン用ポンプ等の部品、韓国のそれは電動自動車の電子系部品、シートベルト、ゴムタイヤ、カムシャフト、エアバック等の一部といったところである。それに対し、完成車は対ラオス、ミャンマーの一部に限定される。
中国への自動車部品の輸出は年5兆円(経産省)とされ、日本の対中国輸出の3分の1を占め、そこでの関税撤廃効果が期待されている。

農産品への中長期的影響は不明
輸入農産物の関税撤廃は3つの品目に分けられる。
(1)重要5品目(米、麦、牛肉・豚肉、乳製品、甘味資源作物)...関税の削減・撤廃の対象外。
(2)加工用・業務用で国産品の巻き返しを図りたい品目...関税削減・撤廃の対象外(タマネギ、ネギ、ニンジン、シイタケ、冷凍サトイモ・ブロッコリー等)。
(3)国産だけでは需要を賄えない品目、国産と価格・用途等ですみ分けできている品目...対中国で長期の関税撤廃期間を確保。ただし韓国産野菜等は基本的に削減・撤廃の対象外。
この(3)の例として、農水省は冷凍の野菜調整品、乾燥野菜のみを例示するが、その他に次のような品目がある(農水省生産局、2022年1月1日)。
a.段階的に関税を削減して16年目に撤廃...トマト、カリフラワー、キャベツ、結球レタス、ホウレンソウ、果実では梨(16年目)、キウイ、柿(11年目)等。
b.15年までは関税を維持し16年目に撤廃...結球キャベツ、ゴボウ、エンドウ、アスパラ、スイートコーン、カボチャ、メロン等。
変化の激しい食料産業では嗜好や加工技術等の変化がいくらでもありうるので、16年目まで関税撤廃を延ばすといっても安心できない。そもそも韓国産は撤廃対象外としながら、中国産は撤廃というのも説明不足である。
2021年4月の参院本会議で、農業への影響試算をしない理由を問われた農水大臣は、撤廃品目は「すみ分けができている」ので、国内農業への「特段の影響はない」から、と回答した。そもそも農水省は生産基盤強化対策により国内生産の減はないという建前なので(前述)、試算自体が無意味なのだ。
代わりに農水省が強調するのは、相手国の関税削減・撤廃による輸出促進だ。具体的には中国について、米菓、パックご飯、みそ、しょうゆ、清酒、チョコレート等、韓国について米菓、清酒、板チョコ等である。リストでは、中国について畜産物、果実等が撤廃品目としてズラリとならぶが、「現在、検疫等の理由から輸出できない品目(検疫協議中のものを含む)」という注が付いている。要するに絵に描いたもちだ。本気で輸出を言うなら、現在の得意先である台湾や香港をRCEPに参加させるべきだろう。
まとめとして、TPPや日欧EPAでは畜産物が焦点だったが、アジア相手のRCEPでは野菜や果実が焦点だ。そこでは短期的な影響は避けたとしているが、関税撤廃品目への中長期的な影響は不明である。輸出についてはパックご飯や清酒には一定の可能性があろう。
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