農政 シリーズ詳細

シリーズ:時論的随想 ―21世紀の農政にもの申す

【梶井 功 / 東京農工大学名誉教授】

2013.04.04 
(72)影響試算の問題点を考える一覧へ

・ベトナムの輸出余力は?
・北海道に甚大な影響
・過少試算ではないのか?

 安倍首相のTPP交渉参加表明に合わせて「関税を撤廃した場合の経済効果についての統一試算」なるものが内閣官房から発表された。「TPPによる経済効果については、これまで、内閣官房、農林水産省、経済産業省でそれぞれの試算を公表してきたが、今般、政府として統一的な試算を実施」したのだそうだ。試算結果は日本経済全体としては、GDPで0.66%、3.2兆円の増加になるが、農林水産物では3兆円の減少、農産物だと2兆6600億円の減少になり、食料自給率は27%に低下する、ということになっている。

◆ベトナムの輸出余力は?

 安倍首相のTPP交渉参加表明に合わせて「関税を撤廃した場合の経済効果についての統一試算」なるものが内閣官房から発表された。「TPPによる経済効果については、これまで、内閣官房、農林水産省、経済産業省でそれぞれの試算を公表してきたが、今般、政府として統一的な試算を実施」したのだそうだ。試算結果は日本経済全体としては、GDPで0.66%、3.2兆円の増加になるが、農林水産物では3兆円の減少、農産物だと2兆6600億円の減少になり、食料自給率は27%に低下する、ということになっている。
 この試算対象になった農産物は「関税率10%以上かつ国内生産額が10億円以上の品目である」19品目――米、小麦、大麦、インゲン、小豆、ラッカセイ、砂糖、でんぷん原料作物、コンニャクイモ、茶、加工用トマト、カンキツ類、リンゴ、パインアップル、牛乳乳製品、牛肉、豚肉、鶏肉、鶏卵――の農産物である。
 「競合する国産は、原則として安価な輸入品に置き換わる」という考えでの試算だが、例えば米についてみれば、「競合しないもの」として「新潟コシヒカリ生産量+有機米生産量」51万5000トンがあるだけで、その他は「既に国産米と遜色のない米国及び豪州産米の輸入により、国内生産量の約3割が置き換わると想定」されている。3割270万トンの根拠は「米国産米の輸出余力(210万トン程度)」、豪州産の輸出余力(60万トン程度)」があるとの想定に基づく。
 それですむだろうか。
 TPP参加11カ国のうち、最大の米産国ベトナムについては、「ベトナムでも一部で短粒種を生産しており、将来的には短粒種の増産が行われることも想定されるが、その拡大ペースや規模は現時点では予測が困難」とし、ベトナムからの輸入はないものとしている。が、そのベトナムのアンジメックス・キトラ社(木徳神糧(株)の合弁会社)は、目下は東南アジアを中心にしてだが、すでに日本米約5000トンをkg当り1ドルで輸出している(13.3.22付「全国農業新聞」所収谷脇修「ベトナムの稲作事情」)。ベトナムを計算に入れないのはどうかしているといわなければいけない。

◆北海道に甚大な影響

 牛乳乳製品については、2900億円、45%減が試算だが、それは次のような想定に基づいている。
 ○バター、脱脂粉乳、チーズ等の乳製品は、内外価格差が大きく(バター、脱脂粉乳では約3倍)、品質格差もほとんどないため、国産のほぼ全量が外国産に置き換わる。
 ○輸入乳製品の急増により行き場を失った北海道の乳製品向け生乳が都府県の飲用向けに供給され、都府県の生乳生産はプレミア牛乳向けを除いて消滅。
 この「国の考え方は現実的ではない」と道農政部政策調整担当課長は語っているという。(3.30付「本紙」「クローズアップ農政」)。関税撤廃で輸入乳製品が増えたとき、都府県向けに生乳を輸送する手段を投資して準備するかどうか疑問だし、何よりも「国のシナリオのような北海道だけ生き残ればいいというような考えには立たない」。さらには肉牛として売る乳オスも酪農経営の柱のひとつになっているのに、肉用の「乳用種のほぼ全量…が外国産牛肉に置き換わ」るということでは、酪農経営そのものの成立が危くなるという。小麦99%減、砂糖(てん菜)100%減、小豆71%減、でん粉原料作物(バレイショ)100%減という官房試算は、北海道主要畑作物が壊滅状態になることを意味する。「これらの作物の輪作で北海道の畑作は発達してきた。北海道の輪作は開拓以来、『農民のトライ・アンド・エラーで築き上げてきたまさに農民的技術だ』…何よりも連作障害を避けるための輪作である。」(「本紙」前掲稿)。その輪作の崩壊は北海道農業を崩壊させる。

◆過少試算ではないのか?

 農水省はこれまでに関税が撤廃されたときの日本農業への影響を二度発表している。第1回は対オーストラリアEPA交渉が始まった07年時点のもの、第2回は今回のTPP問題が浮上してきた10年10月時点のものだが、いずれもとっている品目は今回と変わらない。但し、“我が国が、すべての国に対して、すべての農産物及び農産加工品・加工食品等…の関税をはじめとする国境措置を撤廃する”ことを“前提”にして行われた試算であって、今回のTPP参加11カ国だけを対象にした試算ではない。というちがいを前提にしてだが、07年時点では農産物の生産減少額3兆6000億円、食料自給率40%から12%へ、10年時点では農産物生産減少額4兆1000億円、食料自給率14%に、という試算だった。
 が、今回はTPP参加11カ国だけにせよ農産物生産2兆6600億円、食料自給率27%へという試算になっている。こんなことをしているから過少試算になるとして米、乳製品についてちょっとふれたが、どうしてこんな低い数字になったのか、農水省は前試算のように全世界を対象に関税撤廃の時の試算を示すべきではないか。

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