世界の食料危機に警鐘 農業・食料システムの変革へ「食料と農業の展望」発表 FAO2022年12月13日
国際連合食糧農業機関(FAO)は12月12日、報告書「食料と農業の展望:変革のドライバー(原動力)とトリガー(引き金)」を発表。急増する人口を養う世界の力は脅威にさらされており、より広範な社会経済および環境の変化がなければ、持続可能な農業・食料システムの実現は不可能と指摘している。
同報告書は、農業・食料システムの現在および次々と生じる「ドライバー(原動力)」と、将来起こり得る動向について分析。直面する課題と、将来の食料消費と農業・食料生産に影響を及ぼす脅威および問題点を明らかにしている。また、ビジョンの欠如、断片的なアプローチ、「応急的な処置」は、全ての人にとっての高い代償につながると警告。短期的なニーズを超え、長期的な目標、持続可能性、レジリエンスを優先する新たな考え方に早急に切り替える必要があるとも指摘している。
同報告書はさらに、食料安全保障、栄養、天然資源の保全、生態系の回復、気候変動の緩和を実現するための農業・食料システム変革を引き起こす主要な「トリガー(引き金)」を特定。人口増加と都市化、マクロ経済の不安定さ、貧困と不平等、地政学的緊張と紛争、天然資源をめぐる競争の激化、気候変動などの動向は、社会経済システムに大きな打撃を与え、環境システムを破壊していると、述べている。
屈冬玉FAO事務局長は、同報告書の発表イベントで、「持続可能な開発目標(SDGs)の多くは順調に進展していない。構造的不平等の高まりや地域的不平等により、食料安全保障や栄養の確保が損なわれている今日の世界的逆境にも耐えられるよう、農業・食料システムを適切に変革しなければ、SDGsを達成することはできない」と述べた。
農業・食料システムのパフォーマンスを左右するドライバー(原動力)
同報告書では、ドライバーと呼ばれる相互に関連する 18の社会経済的、環境的原動力を特定し、それらが相互にどのように作用し、農業、食料加工、食料消費を含む農業・食料システムで発生する様々な活動をどのように形成しているかを分析。例えば、貧困と不平等、地政学的不安定さ、資源の不足と劣化、気候変動は主要なドライバー(原動力)であり、これらをどのように管理するかが、食料の今後の姿を決める。もし農業・食料システムがこのまま変わらなければ、持続的な食料不安、資源の劣化、持続可能ではない経済成長を特徴とする未来に向かう、というエビデンスを用いて警告を呼びかける内容だ。
今後の展望に関する4つのシナリオ
同報告書では、食料安全保障、栄養、そして持続可能性全般に多様な結果をもたらす、農業・食料システムの 今後の展望に関する4つのシナリオを描いている。「同じことの繰り返し」シナリオは、生じた出来事や危機に対応することで、なんとか切り抜け続けるシナリオを予想している。
「調整された未来」シナリオは、持続可能な農業・食料システムに向けた動きが、遅くかつ不確かなペースで起こるもの。「底辺への競争」シナリオは、混乱した最悪の状態の世界を描いている。また、「持続可能性のためのトレードオフ」シナリオでは、短期の国内総生産(GDP)の成長が、農業・食料システム、社会経済システム、環境システムの包括性、レジリエンス、持続可能性とトレードオフされる。
屈FAO事務局長は、「短期および長期の動向を分析し、将来起こりうるシナリオを理解し、戦略的に慎重な見通しをもつことは、全ての人、特に政府にとって役に立つ。最悪のシナリオを考慮することで、負の方向へ進む可能性を予測し、それを回避するための措置を講じることができる」と述べている。
変革を引き起こすトリガー(引き金)
より持続可能で回復力のある農業・食料システムの未来を創る可能性を広げるために、本報告書は軌道修正が急務であることを強調。これを達成するために、 4つの重要な「変革のトリガー(引き金)」を提案。ガバナンスの改善、情報を得たうえで適切な判断をする消費者、所得と富の分配の改善、革新的なテクノロジーとアプ ローチだ。
また、高所得国の多くが自国の幸福と福祉のために利用してきた覇権的な力と帝国の地位を、低・中所得国が獲得する可能性はほとんどないと指摘したうえで、将来の世界の発展様式は、『グローバル・コモンズ』を共有するための解決策を提供する機関、政治権力と富の分配、今日の経済に存在する相当な不平等の解消、といった重要な問題の解決にかかっていると強調する。
なかでも、世界がより持続可能な将来を選ぶシナリオにおいては、政府、消費者、企業、学界が異なる機能を持ちながらも全体的に同じ方向を目指して相互に作用する「より効果的で、参加型で、斬新で、多層なガバナンス」により、世界的な課題に取り組むことが前提となる。
屈FAO事務局長は、「十分で栄養のある食料、ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)、所得機会、環境サービスなどへのアクセスを確保するためには、変革のプロセスを加速させるために必要なトリガー(引き金)をより賢く見極めることが必要である」と述べた。
消費者と投資の役割
消費者は、「環境的、社会的により責任のある、また栄養価の高い製品を求めることにより、変革的なプロセスを引き起こす力を持つ」ため、より責任ある主体となる必要がある。
同報告書は、より好ましい所得と富の分配のために、社会的成果への投資の拡大と社会資本の増加を促し、人々を飢餓からだけでなく貧困からも解放するよう求め、富を持つ国がこの変革の費用をより多く負担することを推奨。この変革はまた、革新的な技術やアプローチのさらなる進歩によっても促進される。このため、科学的な研究および開発を優先させ、これらの進歩を最も脆弱な層にも利用可能なものにしなければならないと提言する。
前途は容易ではない
一方、このような包括的な変革は代価を伴う。政府、政策立案者、消費者は、パラダイムシフトに対する抵抗に対応し、トレードオフに対処し、かつそのバランスを取る必要がある。必要な変革に伴う費用を負担できる国や社会集団は、持続可能ではない開発の負の影響をすでに受けている人々を救済しなければならない。
FAO事務局長は、報告書の序文で、「目先の消費と幸福をより優先することと、現在および次世代のより良い未来のために投資をすること、あるいは、持続可能ではない開発のコストをより裕福な社会がどのように負担し、より貧しい社会が有利になるようにするかを決めることなど、対照的な目標のトレードオフを選択をしなければならない」と述べている。
まだ遅くはないが、緊急の行動が必要
2050年には、世界では100億人が食料を必要とするようになる。今の流れを覆すための大きな試みがなされなければ、これはかつてない挑戦となる。農業・食料分野の目標を含む持続可能な開発目標(SDGs)の達成に向けて、世界が「進むべき道からとてつもなく外れている」現状がある。しかし、悲観的にならざるを得ない理由がある一方で、政府、消費者、企業、学界、国際社会が今行動すれば、長期的に持続可能な変化をもたらすことはまだ可能であると、報告書は慎重ながらも前向きな見方を示している。
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