まぼろしとなった桑畑【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第244回2023年6月22日
数年前、農大時代の教え子の遅い結婚式に出席するために京都駅に下りた。しばらくぶりで降り立った京都駅、外に出て驚いた。景色が違う、女性の着物を描いた大きな派手派手な看板がいくつも目に入る。
そうか、これは貸衣装の宣伝か。外国人の女性には日本の着物がかなりの人気で、日本に行って着物を着て街の中を歩いてみたいとあこがれているそうだと言う話を何度か聞いたことがある、なるほど、この景色はそれを示しているのか、いやはや世の中変わったものだ、そんなことを考えたものだった。
その時に同行していた農大時代の教え子とその話を先日したら、浅草の雷門のところに行けば着物を着た外国人女性でいっばい、驚くばかりだと言う。
洋服が平服となった日本の女性の着物の需要も多い。成人式、振り袖姿が女性の多数派だとのことである。冠婚葬祭でも着物の着用が多いとのことだ。絹の需要がなくなったわけではないのだ。
それなのに、なぜ外国から絹織物を輸入して養蚕を潰さなければならないのだろうか。
「戦後レジームからの脱却」、昔はよかったという政治家たちは、なぜ世界一だった戦前の養蚕、繭・絹織物の輸出に目を向けず、輸入を進めて潰すのだろうか。
などと言っても、もうどうしようもなかった。あっという間に桑園は消え、繭は姿を消してしまった。繭をまともに見たことがない、蚕などという言葉を知らない日本人が多数派になってきつつある。
資本主義的工業を興すために推奨された養蚕が巨大化した資本主義的工業のさらなる発展のために壊滅させられる、こんなことは資本主義社会では当り前のこと、やむを得ないとあきらめるより他ないのだろうか。
「米と繭」、日本農業の二本柱だったこのうちの一つの繭は完全に壊滅し、米も減反政策の展開以来衰退の傾向をたどっている。やがて米も繭のように輸入におきかえられ、何十年か後に小学校の教科書で、「その昔日本で稲というものがつくられていました」などと子どもたちに教えることになるのだろうか。
「山の畑の 桑の実を 小籠に摘んだは まぼろしか」
桑の実、もう見ることはできなくなる。日本は一体どうなるのだろうか。
「夕焼け小焼けの 赤トンボ 負われて見たのは いつの日か」
赤とんぼ=アキアカネも絶滅の危機にあると言う。そう言われてみればわが家の庭でも見なくなっている。夏から秋にかけての田畑・林野、街・村を彩った赤とんぼがいなくなる、やがては教科書から「赤とんぼ」の歌(注1)もまぼろしのように消えてしまうのだろうか。
子どものおんぶも21世紀に入ったら、ほとんど見られなくなった。「負われて見た」、この歌詞の意味もわかる人がいなくなるのだろう。日本人の生活、文化はどうなるのだろう。
私にはよくわからない。ともかくあっという間だった、桑畑が、養蚕が壊滅したのは。気が付いたらなくなっていた。2000年にもわたる養蚕の歴史は一瞬のうちに消滅した。
たまたまその前後は私が東北大を定年退職、東京農大オホーツクキャンバスにいた。北海道ではかなり以前に養蚕をやめていたので、その時期の消滅の様相を直接見ることはなかった。数年して東北に帰ってきてその実態を見たとき唖然としたものだった。
でも、1ヶ所だけ、養蚕を継続しているところがある。それも東京のど真ん中である。そうである、皇居のなかにある天皇家御養蚕所で皇室行事として養蚕が継続されている。稲も植えられている。
稲と繭はそこにお任せして、日本国民はアメリカ産の米を食べ、中国産の絹を着るとするか。それを買えるだけのお金があればの話だが。
弥生時代から始まったとされる養蚕、その最盛期の昭和初期・1930年代には200万戸もの農家が70万㌶の桑園で、戦後も数十万戸の農家が十数万㌶の桑園でいとなんできた養蚕、それがあっという間に皆無となる(注2)、こんなことは考えもしなかったし、今でも信じられない。
これを食い止める力にまったくなり得なかった自分を責め続けながら余生を送るべきなのか、こうした歴史的瞬間に立ち会えたのだと喜びながらあの世へ行くべきなのか。困ったものだ。
(注)
1.作詞:三木露風、作曲:山田耕筰、1921(大10)年。
2.工芸作物で絶滅したものとして他に麻、ハッカ、葉タバコ、ホップがあり、これもその発展と衰退を紹介したいのだが、これは省略させていただこう。
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