サトイモと芋煮【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第346回2025年6月26日

山に自生している、だからヤマイモと名付けられた、これはよくわかる。
それではサトイモはどうか。ヤマイモの名称と対比すれば、里で生育されるものだからサトイモと名付けられたのだということになる。
そうかもしれない。でもちょっと疑問になる、それではなぜサトイモは里で栽培されたのか。山で栽培してもよかったではないかと。
山形にある私の生家の地域の例でいうと、サトイモを栽培する畑はだいたい場所が決まっていた。田んぼに接しているところの畑である。そこの畑は耕すと下が湿っている。サトイモは湿気のある土地でしか育たないのでそこに植えるのである(サトイモを「水イモ」、「田イモ」と呼ぶ地域があるように、田んぼで栽培している地域もある)。そのすぐ近くには「どっこん水(自噴水=泉の山形語)」の湧く地域がある。そしてそこには集落つまり里が形成されている。ということからわかるようにサトイモはこの集落=里の近くで栽培されてきたのである。
こうしたことからこんな風に私は考えてきた。
人間は水のあるところに住む、したがって里のまわりには湿地があるいは水の便のいい土地がある、一方サトイモは湿地、水を好む、それでこのイモは里でつくられるということにもなる、かくしてサトで栽培されるイモ、サトイモと名付けられたのだと。
このサトイモとヤマイモはかなり古くから日本にあった。このことはサトとヤマという言葉からもわかる。
そもそも「里」とか「山」とかいう言葉は、人間が言葉を使うようになった最初のころにできた言葉なのだそうである。そしてこうした言葉はなかなか変わらず、後代までそのまま使われる、したがってサトとかヤマとかがついた言葉は非常に古い時代にできた言葉なのだ、こんな話をどこかで聞いたことがある。
こからも、サトイモ、ヤマイモはかなり古くからあったものだということがわかる。考古学的にはともに縄文時代から食されていたといわれているらしいから、こんなことはあえていうまでもないことだとは思うが。
ところで、サトイモというと私はすぐに「芋煮」を思い浮かべる。芋煮については前にも述べたが(注1、2)、もう少し話させていただきたい。
東京農大では秋になると収穫祭(他大学でいう大学祭)が開かれ、学生たちが自主的にさまざまな催しを開いて、市民との交流を深める。私が1999年から7年間勤めた生物産業学部(網走キャンパス)でも同様に開かれるが、世田谷などの他のキャンパスとは時期が違う。一般に大学祭は11月に開かれるのだが、そのころになると網走では寒くなっているので、10月の第二週の金土日に開く。大学の研究の紹介をしたり、農場の収穫物を市民に無料で配布したり、学生がそれぞれ趣向をこらした催しや模擬店を開いたりするので、市民は毎年その日の来るのを楽しみにしている。
私がそこに勤めて3年目のときである。ゼミの学生に芋煮から見た文化の違い、牛耕・馬耕と牛肉文化・豚肉文化について話したら(注)、それは面白い、そのことを企画展で展示すると同時に牛肉・醤油を用いる山形風と豚肉・味噌を使う宮城風の芋煮をつくって模擬店で販売し、市民の皆さんに実感してもらおうではないかという話になつた。早速学生諸君は一方で各県別の一人当たり牛肉・豚肉消費量や牛耕・馬耕のことを調べたりして展示のパネルなどをつくり、他方で芋煮の作り方を家内に教えてもらうなどの準備に取りかかった。教えてもらうためにはまずサトイモを買わなければならない。そこで学生はスーパーにサトイモを買いに行った。ところが売っていない。隣のゼミの北海道出身の院生にどこかでイモを売っていないかと聞いたら、ジャガイモと間違う始末、よくよく聞いてみると、北海道ではほとんどサトイモは食べないという。そう言われてみてなるほどと思った、北海道では寒くてサトイモができないのである。だからスーパーでもめったに売っていない。
そのとき、かなり以前に当時山形農試に勤めていたIHさんが私に言ったことをふと思い出した。サトイモは寒さに弱く、外ではもちろん小屋の中においても一冬越せないほどだ、それなら食べられなくなる前に全部食べきってしまおう、ということで晩秋つまり雪が降る前に村のみんながサトイモを全部持ち寄って一杯飲みながら仕事納めの芋煮をした、これが芋煮会のそもそもの始まりなのではなかったのかと。そうすると話がつながってくる。それが前に述べた最上川沿いでの晩秋の芋煮振る舞い(注2)につながったのである(と思う)。こうしたことから考えれば北海道でサトイモが育たない、食べないということは当然あり得る。
考えてみれば、サトイモはそもそも熱帯で栽培もしくは自生しているタロイモ類の仲間であり、そのなかでもっとも北方で生育することのできるサトイモ科の植物なのであり、その栽培は東北が限界なのである。
いうまでもないが、サトイモには前に本稿で紹介させていただいた「芋煮」(注)以外にもさまざまな食べ方がある。味噌汁などもうまい。ダイコンの千切りとサトイモの味噌汁などはまさに秋の味覚、私の大好物である。
味噌汁といえば、ヤツガシラがある。サトイモの品種の一つで、親イモと子イモがいっしょになっているのが特徴であり、この上についた茎の3~4センチをそのまま残しながらイモを薄切りにして味噌汁に入れて食べる、これまたおいしい。
なお、この茎を煮て酢の物にしても食べる。
茎と言えば、それを干して乾燥させたもの、これをイモガラと私たちは呼んだが(ズイキと一般的には言われている)、この味噌汁もおいしい。なお、このイモガラは私の故郷山形の納豆汁(これはまた機会があればお話ししたい)には不可欠である。
このようにおいしいサトイモだが、問題はイモ洗いだ。これはけっこう大変である。しかも手がかゆくなってくる。大家族で量が多いとなおのことである。
そこで使うのが大きな桶とX状に組み合わせた二枚の板である。まず、桶に少量の水とサトイモを入れる。そして二枚の板の上部をそれぞれ左右の手でもち、下部を桶のなかに入れ、両手を交互に前後に動かしてイモをこする。そうすると表皮が少しずつとれてきて、やがて白くきれいになる。これはきわめて合理的なのだが、時間はかかる、腕は疲れるで大変だった。
今は家族員数が少ないので、包丁で皮をむくとか、電子レンジでチンとかしているようだが、この皮むきがもっと簡単にできるようになるともっと需要が増えると思うのだが(近年は皮をむいて販売されているが)。
もう一つの問題は、たまにえぐ味があるのにぶつかることだ。私たち山形人はそれを「ゆごい」と言ったが、加熱すると大丈夫と言うけれども、やはりときどきこのゆごいのにぶつかることがある。この解決も考えてもらいたいものだ。
ヤツガシラは水盤に入れて鑑賞もする。これは本当にきれいだ。まさに日本の文化の粋である。
雨が降ると、水滴が真珠のように丸くサトイモの葉っぱの上に残る。これを子どもたちは珍しく見ながら、葉っぱからころころと転がして遊ぶ。こんな遊びも、伝統的な美的感覚も、子どもたちに伝えていきたいものだ。
(注)2019年11月21日掲載・本稿・第138回「牛馬耕と食文化(1)」、 2019年12月5日掲載・本稿・第139回「牛馬耕と食文化(2)」参照
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