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【今川直人・農協の核心】創造は人間、助手は機械(1)2026年3月2日

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二つの巨像

太田寛一氏(1915~1984)は、戦後の士幌農業会専務時代の澱粉工場経営、士幌町農協組合長時代のビート・ジャガイモ・酪農の推奨、「北海道協同乳業」(現「よつ葉乳業」)の設立(1967)、全農会長時代の全農グレインの設立(1979)など数々の事業を興した。全農グレインは全農飼料購買の屋台骨である。元JAしまね組合長・全農副会長萬代宣雄氏は農業の傍ら青年部活動に取り組み、60歳代から農協経営に携わった。円満にして果断そして高い公徳心から、事業家・政治家としても大きな足跡を残している。

精神的バックボーン

若い時に中央協同組合学園の初代学長であった森晋(すすむ)氏から、「農協職員から全農会長に至るまでの間、常に日本一・世界一の職員、組合長、会長を目指した」という太田氏から聞いた話を伺った。そのような気質は誰でも持っているであろうから、おそらくは昭和10(1935)年に上帯広産業組合に就職して最初に共存同栄、相互扶助という精神に惹かれたという、よく知られる逸話がその核心ではなかろうか。乳業会社の設立は十勝地方8農協の共同によっている。

萬代氏は資質と経験でしか説明がつかない。島根県は千石興太郎氏ゆかりの地、また北海道に並ぶ協同組合教育に熱心な県であるが、多くの一般企業の経営でも成功している。

開発・創造の三つの源

現代は社会や経済構造(競争条件)が複雑・高度化している。しかし、組織や事業の発展のための対策を開発・創造する方法は昔も今も基本的に変わらない。外部から導入することが原則である。異なる空間、異なる業種および潜在する内部の情報の三つが源である。

視察・異業種交流、提案制度

よつ葉乳業(1967年設立)は海外視察から生まれた。ヨーロッパの酪農家が自ら加工・販売を行っている実態が、設立の契機である。

萬代氏は海外研修に長く力を注いできた。発端は1967年の総理府主催の「青年の船」への参加である。出雲市農協青年部提案・全青協主催「農業青年ソ連の旅」(一時休止、氏の提案で再開)、「しまね協同の翼」(第1回は2013年ベトナムへ)と続く。氏は組合長就任時(2003年)に地元の二つの金融機関の役員を常勤理事として迎えた。また、未提出者に罰金を科す提案制度を導入した。内部資源活用の制度化である。

萬代氏は農業でも仲間と共同し、農協利用を通して成功を収めてきた。手数料引き上げをはじめとする困難な課題がスムーズに運んだ淵源は多くの仲間との間に築いた紐帯にある。

広域農協であるJA松本ハイランド(組合長田中均氏)は地域的な問題について理事を責任者、支所長をそのもとに置く分権体制(予算も配分)で臨んでいる。営農に忙殺される大規模農家に歓迎されるテーマへの取り組みもあり、組合員間、組合員・農協間の紐帯強化につながっているとのことである。この方式は隣接する農協の制度を導入したものである。導入のこのいきさつこそ開発・創造の原点である。広く行き渡れば新しい農協の姿が見えて来そうである。

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