農政:自給率38% どうするのか?この国のかたち -食料安全保障と農業協同組合の役割
食料安全保障に日本農政はどう向き合うべきか(1)【谷口信和・東京大学名誉教授】2018年10月26日
先月行われた日米共同声明によって日米FTA交渉に入った日本。農産物の自由化が加速しています。政府は農家をどう思っているのか。食料の確保は国家安全保障の重要政策の一つ。迷走する日本の農政が現況を脱出するための課題とはなにか。谷口信和・東京大学名誉教授に提言していただきました。
1.TAGという名の日米FTAで自由化ドミノ倒しにまっしぐら
トランプ政権は10月16日、議会に日米貿易交渉に入ることを通知し、2019年1月14日から日米FTA交渉が可能になった。FTAではなくTAG(物品貿易協定)であって、自由化の上限はTPP水準だと強弁する安倍政権の説明はすでにボロボロになっている。パーデュー農務長官はTPP以上の農産物貿易自由化を約束した日欧EPAの水準を超える譲歩を日米FTAに要求し始めているし、茂木TPP担当相はすでに一部品目ではTPP以上の譲歩がありうると発言して、日米FTA交渉の合意水準が"TPP11→日欧EPA→日米FTA"の自由化ドミノ倒しの最後に位置することを容認し、最初の牌を倒し始めている。年明けとも見込まれるTPP11及び日欧EPAの発効はこうした流れをさらに加速することになる。日本農業は輸入農産物の更なる大津波にさらされる岸壁に立たされている。
2.食料自給率評価にまで進出した「忖度」政治?
ところで、8月に公表された2017年度の食料自給率はカロリーベースで2年連続の38%と、平成米騒動に見舞われた1993年度の37%に次ぐ史上第2位の低位水準に止まり、2025年度に45%へ引き上げるという現行基本計画の実現には程遠い現実が浮き彫りになった。筆者が驚いたのはこうした事態に対して、「平成29年度食料自給率・食料自給力指標について」で示された農水省の評価である。
第1は、畜産物はカロリーベースでも金額ベースでも自給率が低下したが、それは国内需要の増加に対して国産品も増加したが、円安の影響もあって輸入品が増加したからだと「あっけらかんと」述べていることである。農水省が一貫して主張してきたのは高齢化と人口減少によって農産物・食品の国内需要は縮小するから、外需を取込み、輸出向けの生産を拡大することによってしか自給率の向上は見込めないというものだった。だとすれば、農水省の予測とは異なって、ここ数年畜産物の国内需要が着実に伸びていること、また国内生産の伸びを上回って輸入が増加している厳しい現実に正面から向き合い、その要因を真摯に究明することこそ求められるのではないか。
第2は、今回初めて畜産物の飼料自給率を反映しないカロリーベースの総合食料自給率46%が参考値として示されたことである。基本計画の2025年自給率目標45%をすでに超える数字が突然に提示されたことに一瞬戸惑いを覚えたが、そこに農政の「成果」を献上したいという「忖度」の臭いをかぎ取ったのは筆者の鼻がおかしいのだと思いたい。なぜなら、畜産物は数量ベースでは62%の自給率だが、飼料自給率26%を考慮して、カロリーベースでは62%×26%=16%の自給率に換算して総合食料自給率に組み込み、食料安全保障の水準を実力相応に計測することを通して、自給率向上に努めてきたはずだからである。国内畜産の努力の成果はすでに62%の品目別自給率に反映されているのである。
さらに第3は、不測時に輸入食料の減少分を飼料用米で補うと仮定した場合のカロリーベースの食料自給率が39%と計算され、平常時に比べ1%上昇するとされたことである。飼料用米生産量相当の食料輸入が減少し、これを飼料用米の主食用への転用で補えば、輸入量だけが減少して、国内生産量は維持されるわけだから、自給率が上昇するのは当然である。飼料用米で生産されていた畜産物はどうなるかなど、食料需給の全体像が示されないまま、部分的な計算結果だけを提示することの真意が問われるところだ。
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