【25年度畜酪決定と課題】基盤死守へ政治的配慮 畜安法是正は"道半ば"2024年12月26日
2025年度畜酪政策・関連対策が25日の畜産部会で正式に決まった。加工原料乳補給金単価、和子牛保証基準価格引き上げとなった。離農が加速する中で、畜酪生産基盤の死守へ政治的配慮の結果といえる。ただ、生乳需給調整などの障害となっている改正畜安法の是正は"道半ば"だ。(農政ジャーナリスト・伊本克宜)
■酪農1万戸割れの衝撃
25年度畜酪論議で、やはりインパクトが大きかったのは〈酪農1万戸割れ〉という具体的な数字だ。
農業団体要請や自民党畜酪委員会の論議でも何度も〈酪農1万戸割れ〉の言葉が出た。そこで、畜酪政策価格決定に当たっては生産現場に将来的希望を持ってもらうメッセージが欠かせないと、生産基盤の維持を大前提とした具体的な意見が多く出た。25日の畜産部会でも中小家族経営を含む畜酪の維持・振興を求める指摘が出た。
その結果、酪農は加工原料乳生産者補給金などで前年度23銭上げのキロ11円90銭、子牛価格下落時の補給金補てん発動基準となる「保証基準価格」は黒毛和種で1頭当たり1万上げの57万円4000円とした。補給金単価キロ11円90銭は次年度以降に12円の大台乗せを射程に置いたものだろう。
■政府・党幹部「農林シフト」の構図
今回の畜酪決定は、改正基本法下の初めての本格的な政策価格で、今後の食料安全保障の行方、農政の在り方も示す重要な位置づけとなった。
政策決定の構図を俯瞰(ふかん)しよう。現在の石破政権は防衛族が目立つとされるが、それに加え農相経験者が政府・党の要職を占める「農林シフト」なのが特徴だ。政府側は石破茂首相、林芳正官房長官、自民党側は森山裕幹事長、坂本哲志国対委員長らが農相経験者で、現農相の江藤氏も再登板。政策を担当する党政調会長の小野寺五典氏も農林インナーメンバーだった。
この構図で、今回の畜酪決定の過程を落とし込むと、決着での政治的配慮が浮き彫りとなる。加工原料乳補給金はあくまで「変動率方式」の算定ルールとし、直近の物価上昇を出来る限り織り込む。それでも不足分は別途、集送乳コスト増加見合いを農畜産業振興機構(ALIC)予算で補てんした。緊急対策は前年度の同7銭から同8銭に上がった。当初の単価算定が低いため農水省は財務当局と再折衝までしたともされる。最終的には政府・党の「農林シフト」の重しが効いた。
畜産では、和子牛保証基準価格が大台の1万円上げとなり、関係者から驚きの声が出た。「農林シフト」の威力だ。畜産主産地の鹿児島・宮崎選出の森山幹事長、江藤農相、野村哲郎元農相の「畜産トリオ」の存在感がある。
■切り込み隊長担う自民畜酪委員長
今回の畜酪決定に当たり、自民畜酪委員長の重責を担った栃木選出の簗和生衆院議員の手腕が目立った。厚い財政当局の壁を突破するいわば〈切り込み隊長〉の役割を果たした。
もともと行動派で理論家でも知られたが、問題意識は核心を突いた。改正畜安法に絡み簗氏は「系統外が生乳出荷を大きく増やしていることは憂慮すべき事態だ。規律の強化で強力に全国協調の参加を促す仕組みを検討したい」とした。さらに「まず現行法の規律強化を進めるが、法律には5年後の検討・見直し規定もある」と法改正も視野に今後、自民畜酪委でも議論を重ねたいとの考えを示した。
■自民決議文に危機意識
実質決着となった24日の自民農林合同会議での畜酪決定にあたっての決議文も注目したい。現在の畜酪の問題意識と課題が適切に網羅されているからだ。
まず13項目の異例の多さ。ここに畜酪問題の危機意識が映されている。畜酪を改正基本法の柱である食料安保の重要品目の一つと明確に位置付けた。そのうえで、13項目の冒頭に改正畜安法に伴う課題と全国協調の生乳需給調整実施を挙げた。自民畜酪委員会でも何度か取り上げられた畜産クラスター事業の柔軟な運用も明記した。農水省はこれを受け、酪農向けに一部で同事業再開に踏み切る。現在、畜産部会で論議中の次期酪肉近にも言及している。
酪農問題は、需給対策な要であり欠陥法制である改正畜安法に精通しない限り理解できない。25日の畜産部会でも松田克也日本乳業協会会長(明治社長)が「生産者間の不公平感の改善に向け、制度運用の早急な見直しが必要だ」とした。乳業メーカーにとっても改正畜安法は、指定団体以外の非系統の生乳流通量が拡大し、牛乳の末端小売価格の二極化を招くなど放置できない問題を引き起こしている。
■畜安法弊害は官邸農政の因果応報
生乳需給は過不足を定期的に繰り返しており、需給コントロールは酪農経営の持続的生産にとどまらず、国産牛乳・乳製品の安定供給にも欠かせない。それが、流通自由化、酪農家の選択自由の幅を広げることで、需給リスクはホクレンなど指定団体傘下の酪農家に偏重している。
需給調整、23年度までの減産は指定団体離れにもつながり将来不安から中堅層の離農決断につながった可能性もある。改正畜安法は結果的に離農促進ともなっている。法律そのものに「需給調整」を明記し実効性を担保しなければ、結局は系統外の「いいとこ取り」や二股出荷の拡大につながりかねない。
改正畜安法は2015年前後の「安倍一強時代」のTPP推進、規制緩和、全中の農協法外しを強行した「官邸農政」の産物に他ならない。酪農制度改革は、農協改革の同一線上に位置づく。95%以上の生乳シェアを持っていた指定団体を「農協の独占」と見立て、現行制度の廃止、アウトサイダーを補給対象に内包した流通自由化を進めた。到達点が2018年の酪農不足払い制度廃止、現在の改正畜安法施行だ。
いわば改正畜安法は官邸農政の因果応報で、指定団体の機能弱体化を招き需給調整に大きな支障を出しているのだ。
■酪肉近780万tへの示唆
25年度畜酪論議は、10年先を見据えた次期酪肉近策定にも影響を与える。焦点の一つ、現行780万tの生乳生産努力目標をどうするのか。
手掛かりは、かつての加工原料乳限度数量、現在の総交付対象数量の扱い。補給金対象の総交付数量325万t、ALIC事業別枠18万t(うち13万tの単価は脂肪分のみ)と前年度と同数にした。需給は脱脂粉乳の過剰、飲用牛乳の低迷の一方で、バター需要は強いなど用途で分かれる。総交付数量を削減しなかったことで、農水省として次期酪肉近で酪農団体が求めている現行780万tの維持にも含みを持たせたものとも受け止められている。
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