ついに米国もISDS否定~世界に取り残された、哀れな日本2018年3月8日
悪名高きISDS(Investor-State Dispute Settlement)条項は、米国とそれに盲目的に追従する日本の2国がTPP(環太平洋連携協定)で強く推進し、他国は反対だった。日欧EPA(経済連携協定)では、EUも反対し、そしてNAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉で、何と、ついには「震源地」の米国がISDSを否定する事態となり、米国に追従してISDSをバラ色と言い続けた日本だけが「はしごを外され」、孤立するという恥ずかしい事態となってきた。
確かに、「儲かるのはグローバル企業の経営陣のみで国民の暮らしは苦しくなる(賃金は下がり失業は増える)」「国家主権の侵害だ」「食の安全が脅かされる」との米国民のTPP反対の声は大統領選前の世論調査で78%に達し、大きなうねりとなって、トランプ氏にかぎらず大統領候補全員がTPPを否定せざるを得なくなった。これが米国がTPPを破棄した背景である。
この「国家主権の侵害」というのは、もちろんISDS条項のことである。グローバル企業が引き起こす健康・環境被害を規制しようとしても、逆に損害賠償を命じられるという条項である。簡単に言うと、米国企業が日本にやって来て、水銀を垂れ流すような操業を始めようとしたら日本は当然規制する。ところが米国企業は、その規制によって生じた損害を国際司法裁判所に訴える。こんなことが実際に起きて、米国企業が勝って損害賠償させられて、その規制も廃止される。こんな莫迦なことが、いまどきできるのかと思われるかもしれないが、本当にできるのがISDSである。
NAFTAにおける訴訟の状況を見ると、勝訴または和解(実質的勝訴)しているのは米国企業だけであり、国際法廷の判決が米国企業に有利と言われてきた。だから、「今だけ、金だけ、自分だけ」のグローバル企業と結びつく米国政治家はISDSを強く推進しようとした。
しかし、その米国で、連邦裁判所でなく国際法廷が裁くのは「国家主権の侵害」との声が大きくなり、ISDSを推進したいグローバル企業と結びつく政治家の声を抑えて、トランプ政権はISDSを否定する方向に舵を切った。NAFTAの再交渉では、以前からISDSへの反対の声が強かった米国労働総同盟産別会議(AFL・CIO)や環境保護団体シエラクラブなどの市民グループに加え、2017年9月には中小企業の社長100人が連名でISDS条項削除を求める手紙を出し、最高裁首席判事のジョン・ロバーツ氏も同条項に懸念を表明した。
こうした中で、米国政府は「選択制」を提案した。これは、訴訟が起きたときに、国際法廷に委ねるISDSを使うか、国内法廷で裁くかは、各国が選択するというものであり、米国は国内法廷で裁く(ISDSは使わない)と提案したのである。カナダとメキシコはそもそもISDS削除を求めていたので、かりに米国提案の選択制を受け入れたとしても、やはりISDSは使わない選択をすることは明白である。つまり、米国提案の選択制はNAFTAにおいて実質的にISDSを否定することになる。
ISDSに最も強硬に反対していたのは、タバコのパッケージに吸いすぎないように誘導する工夫をしようとしたら、別の協定で、フィリップモリスから損害賠償訴訟を起こされたオーストラリアであり、日豪EPAでも、日本はオーストラリアの反対でISDSを協定に盛り込むのを断念した。
また、EUはISDSを「古い。死んだものだ」(マルムストローム通商担当欧州委員の2017年6月の記者会見)として、常設の裁判所で高度な資格を持つ判事により二審制で審理するという、裁判の方式の改善を提案した。これは根本的な解決ではないと思われたが、それにさえ日本は反対しTPP型のISDSに固執したため、日欧EPAからISDSは切り離された。
そして、とどめは、米国のISDSの選択制=実質的なISDS否定である。TPP11では、ISDSの投資の部分を凍結することで、ISDSの懸念をかなりの程度抑制しているが、ISDS適用範囲を広く解釈すれば、理不尽な訴訟が起こり得る懸念は残っている。米国への「忖度」で、中途半端な凍結をTPP11では行っているが、そもそも、米国がISDSを使わないと宣言した以上、TPP11で残す必要はなくなったといえる。
この期に及んで、「死に体」のISDSを日本だけが、いつまで固執するのだろうか。自身でしっかり考えず、盲目的に米国に追従して「はしごを外される」哀れな国から早く卒業すべきである。
本コラムの記事一覧は下記リンクよりご覧下さい。
重要な記事
最新の記事
-
「良き仲間」恵まれ感謝 「苦楽共に」経験が肥やし 元島根県農協中央会会長 萬代宣雄氏(2)【プレミアムトーク・人生一路】2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間特集】現地レポート:福島県JA夢みなみ岩瀬倉庫 主食用米確かな品質前面に(1)2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間特集】現地レポート:福島県JA夢みなみ岩瀬倉庫 主食用米確かな品質前面に(2)2025年4月30日
-
アメリカ・バースト【小松泰信・地方の眼力】2025年4月30日
-
【人事異動】農水省(5月1日付)2025年4月30日
-
コメ卸は備蓄米で儲け過ぎなのか?【熊野孝文・米マーケット情報】2025年4月30日
-
米価格 5kg4220円 前週比プラス0.1%2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間にあたり】カビ防止対策徹底を 農業倉庫基金理事長 栗原竜也氏2025年4月30日
-
米の「民間輸入」急増 25年は6万トン超か 輸入依存には危うさ2025年4月30日
-
【JA人事】JAクレイン(山梨県)新組合長に藤波聡氏2025年4月30日
-
【'25新組合長に聞く】JA新潟市(新潟) 長谷川富明氏(4/19就任) 生産者も消費者も納得できる米価に2025年4月30日
-
備蓄米 第3回は10万t放出 落札率99%2025年4月30日
-
「美杉清流米」の田植え体験で生産者と消費者をつなぐ JA全農みえ2025年4月30日
-
東北電力とトランジション・ローンの契約締結 農林中金2025年4月30日
-
大阪万博「ウガンダ」パビリオンでバイオスティミュラント資材「スキーポン」紹介 米カリフォルニアで大規模実証試験も開始 アクプランタ2025年4月30日
-
農地マップやほ場管理に最適な後付け農機専用高機能ガイダンスシステムを販売 FAG2025年4月30日
-
鳥インフル 米デラウェア州など3州からの生きた家きん、家きん肉等 輸入停止措置を解除 農水省2025年4月30日
-
埼玉県幸手市で紙マルチ田植機の実演研修会 有機米栽培で地産ブランド強化へ 三菱マヒンドラ農機2025年4月30日
-
国内生産拠点で購入する電力 実質再生可能エネルギー由来に100%切り替え 森永乳業2025年4月30日
-
外食需要は堅調も、物価高騰で消費の選別進む 外食産業市場動向調査3月度 日本フードサービス協会2025年4月30日