JAの活動:消滅の危機!持続可能な農業・農村の実現と農業協同組合
「農的暮らし」と共生を要に―連鎖する過疎化と都市のスラム化 日本総研主席研究員 藻谷浩介氏2023年11月20日
JAcom・農業協同組合新聞は秋のテーマに「消滅の危機! 持続可能な農業・農村の実現と農業協同組合」を企画した。農業、農村、食料問題などに詳しい識者らに現状や課題など指摘・提言してもらう。日本総合研究所調査部主席研究員の藻谷浩介氏に寄稿してもらった。
日本総合研究所主席研究員 藻谷浩介氏
編集部より頂いた、「持続可能な農業・農村の実現」というお題。この中にすでに、問題の本質が盛り込まれている。
農業と農村は一緒なのか? 両者を別々のものと考えている人が、最近あちこちに増えていないか? しかれども本当のところ、両者は別々に持続可能なのか?
プロ農家の農村からの遊離
日本の農村では、農法の工夫や規模の拡大で成長街道を進む一部のプロ農家と、その他大勢の農家の、二極分化が進んでいる。
プロ農家の多くは、耕作を続けられなくなった人に頼まれて、あちこちに散在する形で、農地を借りている。彼らはそこにITを活用したモニタリング技術を持ち込み、農業を志す若者を雇ってシフトを組み、可能な限り効率的な生産を実現している。つまりその生産活動は、もはや自身の住む農村集落には収まっていない。
そんな彼らにとって、同じ農村の人たちと共同行動をとる意味は、どんどん失われている。もちろん草刈りや用水路の維持補修など、集落で営んできた作業を分担する必要はあるだろう。しかし農作業の多くが自分独自の自立した営みになってしまえば、周囲と足並みをそろえて無用な干渉を受けたりすることは、むしろ避けたい場合もある。
典型的なのが、周囲は漫然と慣行農法を続けているが、自身は減農薬減肥料の農法、あるいは有機農法を採用しているような場合だ。周囲からは「お宅の農地から害虫が来る」などと苦情が来るし、当方は当方で農薬の空中散布などをされればたまらない。そんなプロ農家は、次第に周囲の農家と没交渉になっていく。
彼らの中には、農地での作業を社員に任せ、企画や営業に没入する者も多い。都市の駅前のマンションなどをセカンドハウス兼作業場として使っているうちに、次第に生活の本拠がそちらに移り、農地には不定期に通勤するというライフスタイルの人も出てくる。以上が、プロ農家の農村からの遊離という現象のプロセスだ。
農村住民の非農業者化
このようなプロ農家の台頭と、ある意味で正反対の現象が、加齢を理由とした兼業農家の離農だ。子どもがちょうど退職して、耕作を引き継ぐというケースもあるが、そうならずに耕作放棄地が出来てしまう方が多いだろう。
筆者が高校まで過ごした山口県周南市の山奥で、高齢者5人が惨殺された事件があったのをご記憶だろうか。当該集落は事件の前から、放棄されて草茫々の元農地の間に、家が散在する状況だった。そのさらに何キロか奥に離れた一軒家だけが、きれいに手入れされた棚田と、彼岸花の植えられた畔に囲まれており、そこまで行ってようやく心がすーっと休まったのが、今でも忘れられない。
このように農を失った農村集落、失いつつある集落は、過疎地に無数に生まれているだろう。そんな流れに抗して農を失っていない人も、やがて加齢という運命に逆らえずに消えていくのかと思うとやりきれない。
他方で交通の便利な農業地帯では、「農を営まない移住者と、周囲の農民の軋轢(あつれき)」というようなことも起きている。農業地帯に住むのであれば、本来は周囲の農業と協調することが最低限のマナーだろう。しかるに、肥料の臭いや作業音などにクレームを付けてくる新住民が増えているという話を、あちこちで耳にする。農薬の散布や、畔での野焼きの煙への苦情などであれば、無視すべきではないとも思うが、健康に農業を営んでいる部分にまでクレームが来るようであれば、もっとエゴを自制することを学んで欲しい、としか言いようがない。
農村なき農業・農業なき農村は持続可能か
以上のような、プロ農家の農村共同体からの遊離と、農村住民の非農業者化。両者とも趨勢(すうせい)としては、不可避の現象のようにも思える。しかしその先にあるものは、何なのだろうか。
「農村住民の非農業者化」の先にあるものは、先述した筆者の故郷の例から見ても明らかだ。農を失って単なる高齢者団地と化した農村は、いずれ消滅していくしかない。ただ住むだけなら、都心なり郊外住宅地なりに住んだ方が、よほど暮らし良く、寂しい思いもしないからだ。逆に言えば、都心や郊外住宅地に比しての農村のメリットは、「農業も営める」ということ以外にない。「ただ住むだけでなく、兼業でも片手間でもいいので農のある暮らしを送りたい」と願う人を受け入れ続けることが、農村継続の必要条件である。
話はマンションと同じだ。新たに住みたいという次世代を受け入れ続けない限り、すべてのマンションは歯抜けとなり、修繕が行き届かくなって老朽化していく。実際にも、今ある無数のマンションの多数は、いずれ廃墟になって取り壊される運命だろう。過疎農村の多くも同じだ。
そこを何とかしようと努力するマンション管理組合が、新住民の受け入れ努力をせざるを得ないように、何とか持続したいと考える農村共同体も、農に志す新住民を受け入れて新陳代謝を起こさざるを得ない。そうすれば、農村は維持できる。敵は外にあるのではなく、余所者を受け入れない農村住民自身の心の中にあるのだ。
さらに厄介なのは、「プロ農家の農村共同体からの遊離」である。彼らは周囲に農家がなくとも農業で食べていける。いやむしろ、周囲からの無用な干渉をシャットアウトできるほど、事業としての農業を健全に営める面がある。そんな彼らの一人から、最近筆者は、真剣に訴えられたことがある。「農政の中になぜ、農村という文字が入った政策があるのか。農業振興をするのに、農村は関係ない。いやむしろ邪魔ではないのか」と。だが、農村と切り離された農業が持続可能だと、彼らは本当に信じているのだろうか。
農村なき農業に似たものとして、単身赴任者と外国人労働者で維持されている工場がある。地方の企業城下町に立地する大企業の工場では、最近とみに、家族は大都市に住まわせて遠距離通勤している、あるいは単身赴任している管理職が増えている。そうした町では人口の減少が顕著であり、空き家が増え、学校の児童生徒が減り、商業施設がつぶれ、飲み屋の灯が消えるという現象が連鎖する。そうなるとその町に暮らすこと自体がどんどん困難になっていき、ますます日本人従業員が集めにくくなっていく。その先にいずれ待っているのは、人手不足に対処できなくなった末の、工場自体の閉鎖ではないかと、筆者は予測している。
同様の話が、はるかに深刻なペースで、多くの農村で進展していないか。農地はあっても人が住まなくなり、店が消え、学校が統合された地域に、都市化して残った地域から労働者が通う。そのような姿の先に残るのは、工場の城下町同様に無機質な「生産のための生産の場」、暮らしに根差さない商売の場に過ぎないだろう。
そもそも農業は商売だったのか。商売である以前に、「農的な暮らし」というライフスタイル、世界に普遍的に存在する生活様式の、最大に不可欠な構成要素が農業なのではなかったのか。都市から働きに出る先ではなく、家族とともに没入して豊かに暮らせる、老若男女の共生できる生産現場という姿が、農村の本質ではなかったのか。
そういう基本を忘れる者は、男性に多いだろう。逆に言えば、役職者を男性だけで埋め、女性を決定の場から排除している農村は、まるで軍隊組織のように、生産と商売だけに邁進した末に消えていくことになると予言しておく。本紙の今回の特集に女性の寄稿者がいるのか。いないとすれば、いよいよ病の根は深い。
以上のように日本の農村は、住民の加齢と、プロ農家の一種の「製造業化」と、その両面から衰退・消滅が加速する状況にある。その先に農業は残るとして、「農的暮らし」というライフスタイルが消滅することは、日本という社会にとってかけがえのない損失である。自身は農的暮らしからほど遠い評論家稼業ではあるのだが、筆者はそのことに、心から警鐘を鳴らしたい。
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