【海外ニュース】ベルリンで大規模トラクターデモ ドイツの農業補助金削減計画への抗議から 九州大学名誉教授 村田武氏2024年2月14日
欧州では農業者によるトラクターデモなど農業政策への反発騒ぎが相次いでいる。EUの共通農業政策もあるが各国の事情も様々のようだ。EUやドイツの農業政策に詳しい九州大学名誉教授の村田武氏に新年早々にあった首都ベルリンなどでの抗議活動を通じてドイツでの課題などを解説してもらった。
農家による大規模なトラクターデモ(ドイツ農業者同盟のホームページより)
ドイツでは2024年の新年早々、連邦政府の農業補助金の削減計画に抗議する農業関係者の大規模なトラクターデモが、首都ベルリン中心部をはじめ多くの都市の主要道路を封鎖し、全国で蜂の巣をつついたような騒ぎになった。1月15日には全国で1万人が5000台のトラクターデモを決行したからである。
社会民主党を中心とする連立与党3党のシュルツ政権は、2024年度予算で「農業生産者向けのディーゼル燃料補助の打ち切り」をめざしたものの、農業者の反発が強いと判断して、補助金の打ち切りではなく、今年は40%、来年さらに30%縮小したうえで、26年に終了する方針を打ち出した。これに対して、段階的であっても補助金打ち切りはけしからんとする大抗議運動が、昨年12月に始まり、新年1月8日からは1週間にわたって、ドイツ最大の農業者団体「ドイツ農業者同盟」(DBV)などが呼び掛けての全国でのトラクター抗議デモになったのである。
農用ディーゼル燃料の補助金
このディーゼル燃料補助とは、一般ディーゼル燃料にかかる税が1リットル47セント(1ユーロを160円とすると75円)であるのを、農用については21・5セント減税し、25・5セント(41円)とするものである。ちなみに、この農用ディーゼル燃料税の減税は、わが国の農用軽油引取税(1リットル当たり32・1円)の免税に相当する。
ドイツを含むEU諸国の国内農業者にたいする補助金は、EUの共通農業政策(CAP)財政からの直接支払いが中心である。ドイツの農業者がこのCAP財政から受け取る直接支払いは年間約430億ユーロ(2兆6900億円)にのぼる。これに対して、ドイツ政府の国内農業者にたいする補助金は2024年で総額23億6000万ユーロ(3780億円)である。このうち減税分が9億2500万ユーロ(39・2%)を占め、農用輸送自動車税の減税が4億8500万ユーロ、農用ディーゼル燃料税の減税には4億4000万ユーロ(704億円)が予算化されている。農用ディーゼル燃料減税が政府からの補助金に占める割合は18・6%を占め、けっして小さくない。なお、シュルツ政権は2024年度予算では、前者の農用輸送自動車税の減税については継続するとしている。
この農用ディーゼル燃料減税は農業経営平均では年間約3000ユーロとされている。専業経営のCAPの直接支払いなど補助金を含めての平均純収益は5万5000ユーロ(880万円)、小規模経営では2万5000ユーロ(400万円)にすぎないので、農用ディーゼル燃料減税が打ち切られることの経営への打撃は大変大きいのである。農業者がまなじりを決して抗議運動に立ち上がったことがよくわかる。
なお、この「ドイツ農業者同盟」を中心とする農用ディーゼル燃料減税打ち切り反対に対しては、非主流の農業者団体を代表する「農民が主体の農業のための行動連盟」(AbL)が、以下のような対案を提示しているので紹介する。
「温室効果ガスの削減目標を実現していくうえで、ディーゼル燃料の使用を減らしていくことは避けがたい。AbLは政府の段階的減税の縮小を支持する。しかしコスト面で不利になることが多い年間使用量が1万リットル未満の中小農民経営については、再生可能燃料の導入が可能になるであろう2028年までは減税を継続すべきである」
最低賃金の引き上げは労働者が闘いとる
ドイツの法定最低賃金は、2024年1月から12・41ユーロ(1986円)、25年1月からは12・82ユーロ(2051円)に引き上げられる。しかしこの0・41ユーロ、すなわち3・3%の引き上げでは、現在のインフレ率(22年では6・9%、23年では6%)を吸収できず、困窮者が増えると危惧されている。ドイツ最低賃金委員会で労働組合側を代表するドイツ労働総同盟(DGB)は声明で、最低限の労働者保護を確保し、インフレ上昇分を補う最低賃金を13・50ユーロ(2160円)に引き上げるべきだと主張している。
これは、EUの最低賃金指令案では、適切な最低賃金額の目安を賃金中央値の60%としており、「ドイツでは13・50ユーロ」になるとされるからである。なお、ドイツでは業種ごとの労働協約によって業種別最低賃金が決められている。その金額は法定最低賃金を下回ることはできない。だからこそ産業別労働組合はストライキを辞さす、賃金・労働条件の引き上げをめざして闘っている。
今回の農業陣営の農用ディーゼル燃料減税の打ち切りを許さないとして主要道路をトラクターで長時間封鎖する闘いに対しても、一般市民の反発がみられないのは、政府や財界に対する要求・抗議は、ストライキも、街頭に出るのも当たり前だとする国民世論あってこそである。
国連の「農民の権利宣言」を武器に
国連の「農民の権利宣言」(2018年12月17日の第73回総会で採択、正式には「農民と農村住民の権利宣言」)を武器にして、農民の老齢年金の引き上げを求める運動がドイツにあることを紹介しよう。
バーデン・ヴュルテンベルク州の小さな町シュベービッシュ・ハルで「農民生産者共同体」を名乗る養豚家族経営を組合員とする協同組合型の畜産加工販売組織は、「『農民の権利宣言』の国連での採択を求める国際農民大会」を2017年3月に、世界各国から450人の参加者を集めて開催している。私にも招待状が来たが、残念ながら出席できなかった。その理事長であるルドルフ・ビューラー氏は、連邦議会に対して農民の老齢年金の引き上げを求める「請願」(2017年2月)を行っている。以下は、その要約である。
「勤労者の老齢年金は月額平均1050ユーロ(16万8000円)である。農民のそれは460ユーロ(7万3600円)に抑えられている。農産物価格低迷によって農業経営所得は大きく低下している。そのために農業後継者は農場資産の相続に際して、まともな代価を払えなくなっており、引退した農民高齢者の貧困が大きな社会問題になっている(ドイツでは農場の相続は有償)。隣国オーストリアでは、農民老齢年金は1030ユーロに引き上げられている。都市と農村で同等の生活条件が得られるべきだとする基本的権利にもとづいて、農民の老齢年金の大幅引き上げを求める」
最後に一言。わが国最大の労働組合ナショナルセンターの「日本労働組合総連合(連合)は、本気になって格差社会打破と賃上げ闘争を闘うことをせず、最低賃金の引き上げも政府におねだりするごとき無残な状態である。労働陣営のバックアップなしに、日本農業の危機的状態の打破が求められる。というのも、国民の貧困化に抗(あらが)い、賃上げ闘争に勝利する労働運動があってこそ、生産費の上昇にふさわしい農産物価格を獲得でき、日本農業の危機突破の道は開けるからである。農協グループには覚悟が求められていると思うが、いかがであろうか。
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